脳神経科医オリヴァー・サックスが記した7人の患者の物語
『火星の人類学者』を読んで、一番印象的だったのは、
記憶の画家、フランコ・マニャーニの例だった。
熱病に浮かされて夢をみてから絵筆をとるようになり
何十年も前、幸せな子供時代を過ごしたトスカーナの
ポンティトという村の写実的な、時に超現実的な風景画を
遠く離れたアメリカで描き続けている。自分を、
「永遠に失われた世界の記憶をもつたったひとりの生存者」
と感じながら。
もうひとつ、訳者あとがきに心をつかまれた。
わたしたちは五感を通して、自分が住んでいる世界をとらえる。知覚によって、自分が住んでいる世界をつくりあげ、そのなかで暮らしている。そのとき、知覚を通じて環境を構築することによって、逆に自分自身をもつくりあげている。だから、五感が変化し、知覚が変化すれば、自分という危うい存在も変わらずにはいられない。
『火星の人類学者』オリヴァーサックス/吉田利子
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